菅野義孝のオフィシャルサイト。目からウロコのジャズギター・CD・ライブ情報など。

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菅野義孝

ギタリスト菅野義孝 オフィシャルサイト

ギターにボーカルに、頑張ってます!
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ジャズ合宿in岩手遠野 レポート

お待たせしました!
5月に開催した岩手遠野のジャズ合宿レポート載せました。まだ途中ですが、ぜひご覧ください。
こちら→ ジャズ合宿岩手遠野レポ


目からウロコのアドリブマスター術

アドリブマスター術

ジャズアドリブ教則本の決定版! 多くの人が自由なアドリブを手に入れています。「もう遠回りはしない!」目からウロコの練習方法が満載! 「ドミソ」から始めるので初心者も安心◎ 付録CD音源B♭・E♭も対応。リズム練習方法も!

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詳しくはこちら → 目からウロコのアドリブマスター術



Odashima Guitars

Odashima Guitars ニューモデル・ギターを試奏させて頂きました!
ずーっと弾いていたい素晴らしいサウンドでした。美しさも感触もたまりません!
久しぶりに「欲しいかも!」って思ったギターです。

Odashima Guitars ウェブサイト

この動画はOdashima Guitars工房で撮影しました。
ここは、いつ行っても何度行っても癒されます。


菅野義孝プロフィール

菅野義孝

菅野義孝(かんのよしたか)岩手県出身
潮先郁男氏に師事しジャズギターの基礎を学ぶ。
'98年 キングレコード「ジャズ新鮮組」でプロデビュー。
'03年 初リーダー・アルバム「Introducing Yoshitaka Kanno」発表。
'05年 セカンド・アルバム「Movement」では、ニューヨークにてメルビン・ライン(オルガン)、グラディ・テイト(ドラムス)と共演し好評を得る。
'12年 アルバム「JAZZ GUITAR」発表。
'13年 アルバム「JAZZ GUITAR 2」発表。
演奏活動の他に、教則本「目からウロコのジャズギター」、スタンダード曲集「ジャズ・スタンダード・コレクション100」の執筆、ジャズセミナーなど、「ジャズの楽しさ」を広める活動に力を注いでいる。


ギター教則本 目からウロコのジャズギター

お陰様で大好評です! 目からウロコのジャズギター・シリーズ

目ウロコシリーズ1


ソロギター曲集

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目ウロコシリーズ2


CDの紹介

菅野義孝リーダー作です。こちらもよろしくお願いします!

CD紹介


Biography

幼少時代

1972年1月18日、岩手県・東和町に生まれる。

幼少時代は、覚えてないけど、5歳くらいで22インチの自転車に乗っていた!? 小学生になっても、相変らず自転車小僧。近所の「ライダー訓練所」で友人のライダー達と共に腕を磨いた。3年生の時に、学校で「自転車合格証」の実技テストがあった。八の字や、ふらふらせずにまっすぐ走るテストや、なんか色々あったけど、ズバ抜けた平衡感覚で見事満点クリア。本当は全部ウイリーでいけたんだけど、きっと先生は解ってくれないんだろうな。

高学年にもなると腕前も相当なもので、ママチャリで階段を下ったり、手放しで学校から家に帰ったり(4kmくらい)、自分の背丈以上あるドブにチャリごと落っこちたり、手の付けようがない。田んぼのあぜ道を走らせたら右に出るものはいなかった。そして、雪道も得意!ミッドシップの我が愛車は、どんな過酷な走りにも、しなやかに応えてくれた。素晴らしい!オレンジ色のママチャリさ!

思春期

中学になると、今度はゼロハンライダー。オフロードっぽい原チャリ(もちろんギアつき)で田んぼのあぜ道や山の中を乗り回した。
あげくの果てに、今度は家の車を乗り回し始めた。ウチは農家で庭が広い。車庫入れにハマった。この時期にすでに車両感覚を掴んでしまい、後に自動車教習所で、1時間目から抜群の車両感覚を披露して、教官に怒られた。

音楽との出会い

中学1年生の時に、初めて音楽に興味を示す。
4歳上の兄が弾いていたフォークギターでイタズラしだしたのだ。端っこの一番細い弦で、例の「禁じられた遊び」のメロディーを探っていた。いわゆる「耳コピ」ですね。兄貴にバレないようにしていたので練習不足だったな。でも絶対バレていないはずさ!ふっふっふっ そのうち、どうしても自分のギターが欲しくなり、中2の時、お年玉貯めてギター買った!!って言うか、半分くらい親に出してもらったんだろうな。感謝!ありがとう。

ちょうどこの頃、日本を揺るがす大事件(?)が起こった。今や伝説のバラエティ番組『8時だョ!全員集合』が16年の歴史に幕を下ろしたのだ!
1週間で一番好きな時間が土曜8時だった僕が受けたショックは・・・・・我ながら想像もできません。当然受け入れることなどできない事実。「ウソであってくれ!」というかすかな希望を胸に、それからの数週間、土曜8時を、過ごしたことでしょう。全く記憶に残っていない空白の数週間。やがて僕の生活からテレビが消え、遊びで弾いていたギターと真剣に向き合うことになります。とにかくめちゃくちゃ練習していたと思います。

彼は現在プロギタリストとしてやっているわけで、「多感な時期に受けたショックは、その後の人生に多大な影響を及ぼす」ということを証明した(極めて低い次元ではあるが)案件と言えるだろう。
(ジョン・H・ワトスン)


ギターを始めたきっかけ

僕がギターを始めたきっかけは、兄の影響です。兄貴がハマっていた(?)サイモン&ガーファンクル。「ボクサー」とか「四月になれば彼女は」とか、曲いっぱい覚えた。そして、ムチャクチャな英語で歌ったり。楽しかったぁ。1年間くらいS&Gにハマり、その後、カシオペアと渡辺香津美さんにハマった。これも兄の影響。今考えると真似ばっかりですね。

性格

僕の性格の1つに、「1つの事にハマったら納得がいくまでやり抜く」というのがあります。そして、「熱しやすく冷めにくい」もある。子供の頃、知合いのおじさんにもらった「ブラックジャック」の単行本1冊を5年間(?)読み続けた記録があります。何度も何度も繰返し読んで、同じところで笑って、泣いて。何年経っても全然飽きない。今もあるのかなぁ?懐かしいな。こういう性格のため、ギター練習しまくった。他の事にはほとんど関心が無かったと思う。好きな音楽にしても、他にもいい音楽が沢山あるはずなのに、ずいぶん損したなー、という気もするけど、こういう性格だから仕方ないですね。

ジャズとの出会い

ジャズを好きになったのは18歳頃です。当時、一関に「鹿鳴館」という喫茶店があって、そこのマスター千田さんの影響です。僕の歴史の重要人物の1人である千田さんは、もともとはベーシストで、その昔、東京で活躍していたそうです。この人に出会わなかったら僕はジャズを好きにならなかったかも知れないと思えるほどです。ドライブに連れて行ってもらったり、スキーに連れて行ってもらったり、楽しい思い出がたくさんあります。こうした時間の中でさりげなくジャズを教えてくれました。まんまと興味を示した僕に、千田さんも嬉しかったのか、ブルースのコード進行やアドリブの事、いろいろ話してくれました。そして、僕の生涯のアイドル:グラント・グリーンのレコードを聴かせてくれました。

千田さんの知合いで、宮城県にすごいギタリストがいる!と教えてくれた。この人こそ重要人物その2、後にズルズルの関係にまで発展する鈴木勇次さんです。多くは語らないが、核心を突いてくる。僕のライブ録音のテープを聴いてもらって、「ビート」や「音符の長さ」を4時間くらい語り合った。長距離電話で。「んー、言葉で上手く説明できないんだけど、音符ってさ、んー、もっと長いんだよな・・・」数年間言われ続けた。とにかく親身になってアドバイスしてくれました。そして、僕の歴史の最重要人物であるギタリスト潮先郁男先生を紹介してくれたのも勇次さんなのです。

潮先郁男先生

テナーサックスプレーヤーの松本英彦さんに愛された潮先先生のプレイ・人柄は、控えめで、カウントベイシーやフレディーグリーンに会ったことはないけど、僕にとっては同じような存在のように感じます。リズムプレイ、アドリブ、全てがスウィングします。ギターだけではなく、人生においても素晴らしい先生です。音楽、人生、全てにおいて大きな影響を受けました。僕は心から先生を尊敬しています。こういう出会いって素晴らしいですね。

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